大正から昭和に入り、兵庫区には三菱重工、川崎重工などの大企業が次々と進出し、労働者のまちとして大いに賑わいました。
そして湊川の河川掛け替え工事により登場した「新開地」には、「ええとこ、ええとこ..」とうたわれた「聚楽館」をはじめ、数々の映画館、演芸場、寄席などが建ち並び、「東の浅草、西の新開地」と呼ばれるまでに至り、戦前戦後の大衆芸能、大衆文化の発信拠点として、その中心的役割を果たしました。
ひと、まち、みなと..。その間に歴史が息づいてきた、古き良きまち並み。兵庫区は、現在の神戸を語るうえで、欠かせぬ歴史を秘めたまちといえるでしょう。 |